魔法少女アリス



    目的の場所には数分で着いた。その場所事態は探すのは簡単で、ただ妖精が集まる場所に行くだけ済んだ。ただ、歩いているだけで、騒々しくなっていく様には、頭が痛くなってきたのだが。
    そこは数少ない森が開けた場所で、ちょっとした広場みたいな所だ。何かしらで行き詰まったときには、よくぶらついて、星を見に来た場所。
    しかし、今、何をどう頑張ろうとも、そこは同じ場所には見えないほどに、色とりどりの妖精があふれ、普段からは想像も出来ない位に、活気付いていた。
    言葉通りの祭りだった。あの騒霊達にも匹敵しそうなほどに。

「あら、アリスさんも来ていたの?」

    頭上から聞きなれた声が降ってきた。仰ぎ見るとそこには三匹の妖精、サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイヤ。
    ある雪の日に、私の屋敷にやってきて、鷽に突かれていた妖精。多少面倒を見たことがあるぐらいで、それ以上もそれ以下でもないが、ここにきて唯一まともに話が出来そうな連中が現れたわけだ。

「そうね。少し興味があったから。いったいこれはなんの騒ぎなの? 今回の出来事の中心は何?」

「そんないっぺんに質問されても、そんなことは知らないし、興味もないわ。私達はただ騒いで、遊んで、暇さえつぶせればそれでいいの。用はそれだけ?」

    ルナチャイルドは、本当に興味もなさそうにつぶやく。
    うん。多少なりともまともな返事が来ると期待した私が悪かった。ついでに言うと、話しかけてきたのはそっちのほうである。
    それでも、ここで喧嘩するつもりもない。心の中で突っ込むだけで、私のほうから大人しく引き下がることにした。

「そう、ごめんなさい。引き止めて」

「わかればいいの。わかれば。頭のお堅い魔法使いの割には、殊勝な心がけね」

    にやりと笑みを浮かべ、勝ち誇った表情でふわりと飛んでいくと、瞬きした間に姿が消えた。サニーミルクの能力だろう。消えたところで、そこにいなくなったわけではない、姿が見えなくなっただけ。

「行きなさい。上海!」

    前言撤回。我慢できなかったです。
    思念の糸を飛ばし、上海人形に命令を下す。不可視の糸は私の魔力を束ねたもの。そして、私の魔力と上海人形を繋ぐバイパスとなる。上海人形に満たされた魔力で、上海人形は私の思考どおりに飛んでいき、三妖精がいると仮定した場所に廻りこむ。     「あっ!」という、か細い声が聞こえたような気がするのは、全然気のせい。だって、あの中には自分達の「音」消せる、ルナチャイルドがいるのだから。私が気付いた声は、そうね……空耳。

「さようなら」

    自分でも、ぞっとする声が出たと思った。私はさらに命令をくだす。私の魔力は上海人形を媒介とし、攻撃的指向に変換され、三妖精に放出された。

「ほらルナが調子に乗って、挑発なんてするから」

「なによ、サニーだってノリノリだったじゃない!」

「いや、それはその場の流れって言うか、雰囲気って言うか……」

「そういえばスターは?」

「うそ!? もういないし!!」

    爆発。そして、1匹を除き気配が消える。
    残ったスターサファイヤは、木の枝で、2匹の飛んでいったほうを眺めていた。とりあえず、自分の損にしかならないようなことはしないだろうから、放っておいても問題はないだろう。賢いというより狡い。何も考えてなさそうに見える他の妖精と比べれば、随分と達観している珍しい妖精かもしれない。

「まぁ、そんなことはどうでもいいか。問題は、このお祭りだしね。危うく忘れるところだった。おいで上海」

    上海人形を呼び戻し、残った魔力を自立にまわして、私の周りに待機させる。さて目的の場所はすぐそこだ。

    そして、結局目的の場所に着いたのは、さらに三十分かかった。
    原因は二つ。
    一つ。妖精が多すぎ。中心に行けば行くほど、妖精は増えていた。
    外側は、何で萃まっているのかは知らない妖精たちが、馬鹿騒ぎしているだけだった。
    目的地に近づけば近づくほど、正体を知りたがるものが増えた。さらに騒ぎを聞きつけた幽霊が連鎖反応し、最後にはプリズムリバー三姉妹が登場、ゲリラライブを開催し始めると、最後に広場は一種の飽和状態に陥っていた。
    二つ。いきなり見物客の列の整理が始まった。気付けば整理券が配布され、番号順に見学が許されるようになった。列は乱すものは、何故か容赦なく飛ばされていた。
    私も仕方なく、整理券が配布されるのを待つことにしたのが原因だ。

    周囲の喧騒に包まれながら、ただの散歩がこのような事態に発展した経緯を反芻し、それが私の知的好奇心だったことに気付いて、反省すること約数十分。遂に私のところにも整理券が廻ってきた。が

「何であんたが整理券配っているの?」

「配っているも何も、今現在ここを整理しているのは私自身だ。良心的だと思わないか? そう思っているんなら、とりあえずお金を払え」

    夏場の太陽に照らされたひまわりの様な笑顔で、黒の魔法使い「霧雨魔理沙」はお金を要求してきた。

「いや、なんであんたに払わなきゃいけないの? ていうか勝手に整理してお金取っているんでしょうが!」

「いやぁ偶然にもここを見つけたんだ。あんまりにもごちゃごちゃしていたから、整理をすることにした。これは立派な労働だ。だから、お金を取っている」

    論理が破綻している。つまり勝手に整理して、勝手に金を取っているわけだ。
    ぶっ飛んだ思考に、悪徳業者もびっくり。霊夢なら、その鮮やかな手腕に嫉妬するだろう。

「ボランティア。または奉仕活動って言葉を知らないのかしら? いやどうせ知らないのでしょうね」

「ボランティアって何だ? 新しい魔法か? 爆発系みたいだな。花火は好きだぜ」

    親指立てて同意を求めてくるな。私まで馬鹿みたいに見られるじゃん。

「……冗談よね? 冗談って言って」

    落ち着けマイハート。

「あぁ冗談だ」

「きぃぃぃぃぃぃぃ」

    抜けぬけと、どの口がほざくか。

「なんだ? 呆れたり、怒ったり、奇声上げたり、忙しい奴だな。生理だったら、家でおとなしくしてな。バファリンルナでも飲むか?」

「誰が飲むかぁ!!」

    黄金の左足から繰り出される渾身のローキック。鈍い音と漏れる苦悶。刹那、私は魔砲で宙を舞った。
    今日も魔理沙は、私の心はかき乱してくれる。

「それで、この騒ぎの原因は何?」

    お金の換わりに、三日前に勝手に持っていった魔道書の価値を、その意味から、その当時の時代背景までを嘘八百を交え切々と語り、魔理沙が説明に飽きてきた頃を見計らって、等価交換を名目に、整理券をぼったくった後に、私は訊ねる。

「知らないな。私はただ、そこに野次馬がいて、ごった返していたから、進んで整理を行っただけだ。ついでにお金も取った」

    取ったじゃなくて、盗ったじゃないのだろうか。

「あっそう。じゃあもういいから、魔理沙は自分の仕事を頑張って」

    役に立たないとこの上ない。体にある全ての空気を、溜息として吐き出したころには、魔理沙という名の不条理は、正直に次の顧客に向かって、飛んでいった。
    今日、この場所にいるだけで、身に覚えもない架空請求を突きつけられるのだ。餌食になるものに心の中で合唱して、私は、やっと目的の場所に辿り着いたのだった。

    ここにあったのはとても珍しいものだった。珍しいというより、目新しいと言ったほうがいいかもしれない。なぜなら、やはりこれは幻想郷にはないものだからだ。
    にしても

「これって言ってみれば、ただの人形よね」

    そう、ただの人形だ。つまりこの騒ぎは、たった一つの珍しい人形を見つけて舞い上がった妖精たちを皮切りに、周囲の妖精、幽霊、妖怪を巻き込んだ一大ムーブメントになってしまった結果なのだろう。
    さして面白くないものでも、前段階や周囲の評価が異様に高ければ、それに乗っかっていくのも、また生き物としての性なのかもしれない。
    そんなどうでもいい評論よりも、私の関心は、そこにある人形一点に注がれていた。私の人形眼は、この人形の価値を、ここにいる誰よりも正確に見抜いていただろう。
    確かに私は「ただの人形」と言ったが、この「ただ」にかかる言葉は人形ではない。この状況に対する意外性に対しての「ただ」だ。
    この状況を動かしたのは、たとえ目新しくても、人形。普通、人形がここまで状況を動かすことは滅多に無いことだ。
    それが、この人形の価値がわからない者で、構成されているのだから、余計に不自然極まりない。
    それにしても、この不思議さを差し引いても、この人形は素晴らしい。これは風の噂で聞いたことがある。そう確か「ふぃぎゅあ」と言う物だ。

「なんて素晴らしい造詣……限りなく人を模していて、なおかつ愛らしさを失わない。二次元と三次元の究極の融合。
    本来なら、硬く冷たさを与える素材を使用しているのにもかかわらず、その色合い、動きのある造型と演出で、無機質な感じを極限にまで薄めている。
    さらに言うならば、そのディテールの細かさにも感動もの。取り外しの可能な上、やわらかい素材を使い、めくることも出来てしまう衣装。
    見えないからこそ、こだわりのある下着。普段なら絶対に見ることの出来ないローアングルな部分が、この筋のマニアや大きいお兄さんを魅力してならない。
    真正面から見据えたときの黒のハイニーソとスカートの絶対領域も捨てがたい。見えそうで見えない、黄金率で支配された空間。これだけでご飯が何杯いけるか想像もつかない。
    持っている杖っぽいものの装飾の細かさに、職人の腕前を容易に想像できる。
    なにより職人の愛を感じる出来ね。自分の作りたいものを作っているのにも関わらず、それが押し付けがましいものになっていない。見るもの全てを自然と魅了するその表現力に完敗よ。
    しかも複製品じゃなくて原型? 保存に細心の注意を払わないといけないのに、どうしてこんなところで、御神体のように祭られてなきゃならないの!! この騒ぎで壊れていないことすら奇跡に近いのに。
    そうよアリス。これを持って帰って、しっかり保存するの。うんそれが一番いい方法。そうと決まれば早速帰らないと」

    幸いに、既にこちらを見ているものはいない。正体さえわかってしまえば、もう気にしないのも一種の性なのだろう。誰もが、騒ぐこともが目的になっている。
    次第にこの騒ぎも沈静化する。そうすればここもいつもの静けさを取り戻すだろう。
    まさにチャンスだった。誰もがここにある存在を忘れる。そして、なくなったことに気付いても気にとめることはないだろう。
    「ふぃぎゅあ」を手に取ると、私は手に抱いたものを優しく覆い、人知れず広場を後にした。上海人形がほんの一瞬、私の後を着いてこないような気配がしたが、そんな些細な思考は、あっという間に消失し、私は家路を急ぐことだけに専念することにした。

    どうでもいい話だが、このアリスの一人語りを聞いていたものがいた。後に、ある妖怪は語る。

「私は珍しい人形を見ていたら、いつの間に取り込まれていた。何を言っているのかわからないと思うけど、私も何をされたのかわからなかった……
    頭がどうにかなりそうだった……催眠術だとかスキマ妖怪だとか、そんなチャチなものじゃあ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…」

「あれは結界だった。一度意識してしまえば取り込まれる。もしあの場が祭り同然の騒ぎでなかったのならば、その規模は格段に膨れ上がっただろう」

    と。
    そして、つけられた名は

    固有結界「ワンダーフェスティバル」




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